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My Recent Work

【執筆情報】THE FADEAWAYSのニューリリースに因んでインタヴューを行いました。ディスクユニオンが発行するフリーペーパー『Follow Up』Vol.162に記事が掲載されております。ここ最近の活躍ぶりが伝わる、興味深い内容となりましたので是非ご一読ください。某ミュージシャンの話など泣く泣くカットした部分もあるので、いずれアウトテイクをこちらに載せたいところ。手元に見本誌が数冊ありますので、ご希望の方は気軽にお申し付けください。オーダー時に同封いたします。

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Hoovers Interview Part 2

インタヴューPart 1、如何だったでしょうか? 個人的には『初めて買ったレコードはDepeche Mode』の一節が引き出せただけで十分満足しています(笑)。いやいや、興味の対象が徐々に60’sに移っていくあたりが、実に刺激的でありました。さて早速続編の方、お楽しみください。

────当時の活動状況はどんな感じだったのでしょう? 当時の九州のガレージ・シーンも知りたいので、一緒にプレイしたバンドなども挙げていただければ。
『1999年頃からLiveの本数も増えだしてそこで知りあったガレージ好きの友人達が県外のゲストバンドを呼んでイヴェントもやるようになってLJHS君の「Jumpin’ In The Night」とUS-UK君の「Hit And Run」には殆ど出演してますね。当時、共演した福岡のバンドは5Speed、Nervous Breakdown(小倉)、Xl-Fits、Plastic Mac(Babyshitter)、Rooftops、The Whys、Thee 50’s High Teens、Shortcake、Teenage ConfidentialやAlligator Stomp等です。Liveでの反応はあまりよくなかったような。当時福岡では盛り上がりつつあったMods系のイヴェントに出た時だけ少しあったような気がします』

────レコードリリースですが、どのような形で話が進んだのでしょうか?
『99年頃に共演したNeatbeatsやThe 5.6.7.8’sのお陰で2000年頃には東京や関西の方にもLiveで誘ってもらえるようになってて、遠征しても当時売る音源が何もなかったので録音してCD-Rを作って物販で売ってたのをNeatbeatsのMr.Panが聴いてくれてとんとんとMajesticからのリリース話が決りました。CD-Rには6曲入ってるのをEPという形で4曲に絞って別に1曲はコンピ収録用にと、だから自然とジャケットもタイトルもそのままで出す方向になりました。実はあれのジャケット・デザインはRonettesのVeronicaのソロ・シングルの当時出た日本盤のジャケットを文字換えただけでまんまパクってて(笑)』

────EPはオランダ物のカヴァー(経由も含む)が主となっていますが、それは前面に打ち出したかったテーマと捉えて良いでしょうか?
『オランダ物は大好きなのですが、CD-R用に録音したうちの出来がいいかなと選んだものがたまたまオランダ物が多かったという。最初にMr.Panが選んだ4曲はJay-Jay’s(2曲)、Outsiders(2曲)だったのですが、Dutch Beatのトリビュート・バンドみたいで極端すぎるかなとコンピ用にと云われてた「Road Runner」を収録してちょっとだけバランスをとったつもりです。レーベル側に任すといいながら、結局こちらで曲順等は決めました』

────商品説明やブログで記した通り、目の覚めるような仕上がりですね。4曲では飽き足らず、もっと他曲が聴きたいと思うことしばしばです。同期に録音した音源、いわば未発表曲は残っていますか?
『ありがとうございます。そう云っていただけると嬉しいです。同期に録音したのは全部で8曲でLiveの定番カヴァーのExciters「Tell Him」、Chris Montez「Some Kinda Fun」やCD-Rには収録のJames Brown「I’ll Go Crazy」、Outsiders「You Mistreat Me」ですね。でもあくまで没テイクかなと思います。あと活動休止後に録音した音源が7曲くらいはあります。僕も次のバンドが活動しだした頃に完成したので当時売ろうにも全く売れなかったのですが。全パートを自宅などでバラ録りしたのでLive感が薄いかなと?』

────レコード=音源の完成品が手元に届いた時はどういう気持ちでしたか?
『自分たちのレコードが出来るなんて夢みたいなお話で凄く嬉しかった反面、マスターの状態である程度予測していたものの、その音質の悪さにショックも受けました。発売記念Liveは発売日頃にThe 5.6.7.8’s主催のGarage Rockin’ Crazeの大阪編に出演したのくらいですね。プロモ的な活動は福岡ですらやってないかと思います』

────東京でのライヴは何時頃でしたっけ? 印象に残っていることなどは?
『東京では2000~2002年の間に9本くらいやってます。最初に行った時の福生Red BirdでのGarage Rockin’ Crazeはショックでした。福岡ではLive終了後は打ち上げに行くというのが定番だったのですが、そのイヴェントはオールナイトでLive終了後もDJのプレイで朝まで踊るという、僕らはくたびれ果ててぼんやり眺めてただけなんですけど、ジミー益子さんの選曲も素晴らしくって。東京では共演のバンドに恵まれていろいろ観れたのですが、Evil Hoodooがカッコよかったという話をよく聞かされててThe Outsをやっと観れたときは本当にカッコよくて痺れましたね。あと福岡で初めて観た時のThe 5.6.7.8’sも凄くカッコよくって、そこから国内のバンドにも興味が増したような』

────差し支えなければ、バンドが解散に至った理由は?
『やはりいいオリジナル曲が出来なかった事が1番でしょうね?カヴァーしたくなるよな最高な曲は山ほどあるのですが、カヴァーばかりやってると自分たちの技量の問題もあるのでしょうが行き詰ってきて、活動休止の半年前くらいにLiveを2カ月ほど遮って、曲作りと称してちょくちょく集まってたのですが何も産まれてこなかったですね。酒ばかり呑んで(笑)。間もなくドラムが抜けるとなって、ギターも休ませろと、そのまま事実上解散になりました』

────解散後、各人の活動状況について(現況を含む)
『ドラマーは脱退後、当時ちょうどドラムを募集していたMinnesota Voodoo Menのメンバー候補として上京したのですがすぐに帰ってきて(笑)。結局、自分とHooversの初代ギターのバタヤンと一緒にClockwork Onions(2003~2007年)というバンドで活動します。後期はギターがHoovers時代のミウラさんにチェンジして、1年ほど休止後にベース以外は同メンバーでLa-La Lee’s(2009~2012年、現在休止)として活動してました。それから僕はtv.Orphansを結成して。ギターのミウラさんは5SpeedのS.A.K氏との「エボニー&アイヴォリー」と「Micemohee」で現在も活動中です』

────総括というか。あの頃を振り返りつつ、改めて感じることはありますか?
『いい時代ではあったのかもしれませんね。僕らみたいなカヴァー曲がメインのバンドでも県外に呼ばれてLiveやったり、音源を出してくれるようなレーベルがあったりと。あとあの時代は福岡にも外国のバンドや国内の観たいと思うバンドがもっと来てくれてたと、今は集客の問題などもあるのでしょうがなかなか難しくなってきてると思います』

────今現在のシーンで気になるバンド、センスいいなと思うバンドはいますか?
『福岡のXl-Fitsですね。90年代後半からストイックに活動してきたパンクバンドで9月にEpisode Soundから待望の2ndシングルがリリースされるとの事で、楽しみにしてます!』

────Hooversの再結成はあり得ますか?
『再結成は自分の意思では今のところ予定はありませんが、今後はそういうこともあるかもですね』

最後に、テーマを作ってトップ10を挙げてもらいました。
Kurach’s Top 10 of 60’s
1. Rolling Stones – Jumpin’ Jack Flash
2. The Who – The Kids Are Alright
3. Kinks – Till The End Of Day
4. Pretty Things – Rosalyn
5. Easybeats – Good Times
6. The Seeds – Can’t Seem To Make You Mine
7. Troggs – Surprise Surprise
8. Remains – Don’t Look Back
9. The Choir – It’s Cold Outside
10.Them/Chocolate Watch Band/13th.Floor Elavators – It’s All Over Now,Baby Blue

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Hoovers Interview Part 1

好評のThe HooversのEPがリストックしました。
購入は→こちらもしくはトップページからどうぞ。
さて、この機会に元メンバーでシンガーのクラチ氏にインタヴューを敢行。ウチとしてもインタヴュー記事をフィーチャーするのは初めての試みなので、どんな反応があるか早速楽しみであります。

イントロダクションとして、クラチさん本人との出会いを簡単に綴らせてもらいます。今から6〜7年ほど前、博多のDJイヴェントに二回ほどゲストとして招かれまして、その時の共演DJが彼でありました(二回目は主催者でもありました)。一回目の方は、USガレージ〜ユーロ・ビートのキラー・ナンバーを全てオリジナル盤にてプレイ。よくぞここまで手繰り寄せたなあと唸ったものの、その辺りは熱心にコレクトしていると噂に聞いていたこともあり、いわば想定内ではありました。が、ヘヴィな手応えがあったのは二回目の方で、ネタを全取っ替えするように70’sパンクメインのセットを披露。パンクとはいえ振幅は大きく、とりわけStoogesやPere Ubu、Swell Mapsをミックスする自分好みの鋭いセンスにいたく感激し、「この人只者ではないな!」と強烈なインパクトを残してくれたのです。

しかし実を言うとその時がクラチさんと初合わせではなく、Hooversのライヴも東京で体感しており、それでいながらレコードを所有してないというのも考えてみれば失礼極まりなく、我ながら恥ずかしいものでした。その博多のイヴェント終了から東京に戻った後、おそるおそる申し訳ないような表情で「あの〜レコード、一枚購入したいです」と声掛けし、全てがそこからスタートしたわけです。

それにしても、初めてディスクに針を落とした時の衝撃は忘れられません。こんなにカッコイイのか!お世辞抜きです。今まで知らなかった自分を執拗に悔やんだ次第。この素晴らしき音源を埋もれたままにさせておくわけにはイカンとばかりに、ファースト・アクションとして某中古レコード屋に委託販売してもらうよう手配しました。今となっては営業が不得意な自分がよくぞここまで動きまくってなと感心することしきりですが、それだけこの音源に惚れ込んでしまったといえば納得していただけるでしょうか(その当時はまだFRATHOPも存在しなかった)。

要約すれば、バンドのインフォメーションを明らかにする行為以上に、この「只者でない」男にいろいろと音楽の質問をぶつけてみたかった、というのが本音でありますが、興味を持って読んでいただければ嬉しいです。

────まずはクラチさんの音楽の原体験の話からいきましょう。音楽にのめり込むきっかけや、その当時、もしくは学生時代の頃夢中になっていた音楽、好きだったバンドについて語っていただればと
『最初のとっかかりは13歳の頃、友人にかりたCulture ClubやDuran Duranのテープでそれから外国の音楽に急に興味もつようになってFM誌を買ってエアチェックしたり貸しレコードでレンタルしてもらったり、初めて自分で買った洋楽はDepeche Mode『Some Great Reward』でした。あと同じ町内に2歳上の従兄弟のお兄さんがいて、その人がYMOとDavid Bowieが大好きでABCやJapanやBowieのアルバムをテープにダビングしてもらったりしたのも影響でかいですね。高校に入る頃から過去の物にも興味がわきだしてHanoi RocksやNew York Dolls、あと友人が持ってきたSex Pistolsにガツーンとやられて、DamnedやStoogesときてパンクロックを色々聴くようになって、それから70年代ロックも大好きになりました。StonesやFaces、Mott The Hoople、Lou ReedやVelvet Undergroundなどなど、大学生になる頃にThe WhoやKinksやSmall FacesやByrdsに夢中になりその頃久留米のレコード屋Big Beatに入り浸るようになってからはガレージパンクというよりも60年代音楽全般を聴いてました。オーナーがその辺りのコレクターだった事もありいろいろ教えてもらえました』

────80年代の博多というといわゆる「めんたいビート」を連想しますが、やはり地元では絶対的な存在だったのでしょうか? 好きじゃなきゃ非国民みたいな雰囲気があったとか? 東京ではルースターズ、モッズ、ロッカーズなどは人気があって一通りライヴを観ていますが
『僕は生まれも育ちも福岡なんですが博多と久留米の中間ぐらいの田舎の出身で、めんたいロックを後追いでしか聴いてなくて、3歳年上くらいから上の世代は普通にタイムリーに聴いてた人達も多いかと思うんですけど、まわりに情報がなかったのもあるのでしょうが、めんたいロックにも九州パンクにも乗れなかったという』

────20歳前後で、地元で見たライヴで印象に残っているものは?
『その頃は友人のバンドくらいしか観た事なくて、足繁く通ってたレコード屋Big Beatが常連のお客さんでバンド組ませて日曜の昼間にスナック等を貸切って演奏パーティみたいなのを時たまやっていて、そこで観たマスターの古川さんがやっていたMagic Eyesってバンドには感銘を受けました。Kinks、Them、The Whoのカヴァーをストレートに3曲だけ演っただけなんですけど、こんなバンドをやりたいなと。あと95年あたりはHandsomesという福岡では珍しいTrash Rockin’なバンドがいて、好きでLiveをたまに観にいってました』

────バンド活動はHooversが初めてですか?
『10代の頃は音楽は聴くばかりでバンドをやろうなんて思いもしませんでした。誘われてやってみたら面白くなって、60年代の曲のカヴァーがメインのバンドでThe DunwichesとPink Rotariesで各1回づつLiveやったぐらいで、たいした活動はありません。どれもマスターの古川さんが絡んでてHooversの時も始まりはその延長みたいなもので、音源出した時のメンバーは僕以外全員変わってます』

────Hooversを始めるにあたっての構想、コンセプトが明確にあったと思います
『一応バンド名はSmall Facesのメンバーがギターのフィードバック音を(英国Hoover社製の)掃除機をかける時の音に似てるからとHooveringと名づけてたという記事を見て、そこから拝借しました。初期のThe Whoみたいな大音響の黒っぽいビートバンドを目指そうとしてたのですが技術もなく、始めた頃はわりとCrawdaddysやHypstrzやPrisoners等のリバイバル的なバンドを手本に勢いのいい感じを狙ってたかもです。あとBowieの『Pin Ups』も』

────メンバーはすぐに集まりましたか? 音的なこだわり、嗜好からすればかなり困難だったような気がしますが
『メンバーは音源を出した最終メンバーまでにベースが4人、ギターが2人、ドラムが3人変わりました。最終メンバーはドラムは当時21歳くらいのよく知らないメンバーを入れたのですがギターとベースはレコード屋さんの常連さんで先輩だったので、皆それぞれ好きなのはあったのですが割と音楽の趣味のいい人達に恵まれたのかと』

今回はここまで。次回Part 2に続く

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